最近、美術館に泊まり始めたものがあります。人間ではありません。ぬいぐるみです。
東京、名古屋、そして箱根。2026年秋、いくつかの美術館で「ぬいぐるみお泊り会」が開かれています。一見するとかわいらしいイベントですが、内容を追ってみると、美術館と人をつなぐ意外と奥深い試みが見えてきます。
ぬいぐるみが、閉館後の美術館へ
東京国立近代美術館(MOMAT)では、10月2日から18日まで「ぬいぐるみお泊り会2026」を開催しています。子どもたちの大切なぬいぐるみを預かり、MOMATコレクションを鑑賞している姿などを撮影する企画です。
実はMOMATでは2024年にも同様の企画を実施しており、このときは20体の枠に対して約3,000件の応募がありました。最終的には17体のぬいぐるみが館内を巡り、その様子を収めた24ページのフォトブックなどが持ち主へ届けられています。
名古屋市美術館でも、11月7日に「ぬいぐるみお泊り会」を開催予定です。最初に子どもとぬいぐるみが一緒に展示を鑑賞し、その後はぬいぐるみだけが美術館に宿泊。数日間の様子を撮影し、写真データを後日参加者へ送ります。参加申し込みは10月6日です。
さらに箱根の岡田美術館では9月25日、アーティストプロジェクト「少女革命計画」と組んだお泊り会を開催しました。こちらは「少女革命計画」のぬいぐるみを対象にした企画で、閉館後の展示室を巡り、作品を鑑賞する様子などを撮影。美術館は、若い世代に美術館への親近感を持ってもらうことを目的の一つに挙げています。
ただの「ぬい活」ではない?
こうして並べると、単なる「ぬい活ブームへの便乗」と見るのは少し惜しくなってきます。MOMATは2024年の企画を、ぬいぐるみを通して子どもたちに美術館の楽しみを疑似体験してもらう試みとして実施しました。
名古屋市美術館も、美術館の活動や美術作品、作品鑑賞への関心を深めてもらうプログラムと説明しています。つまり主役は、ぬいぐるみそのものだけではありません。ぬいぐるみと人との関係を使って、美術館への入口をつくっているのです。
ルーツは、美術館ではなく図書館
そもそも「ぬいぐるみお泊まり会」は、アメリカの図書館が発祥といわれています。図書館では、ぬいぐるみが夜の館内で本を読んでいる姿を撮影し、その写真とともに本を子どもへ紹介する形で行われてきました。
国立国会図書館が紹介した研究では、お泊まり会の前にぬいぐるみへ本を読み聞かせていた子どもは42人中2人、約5%でしたが、イベント直後には21人、50%まで増加しました。一方で、3日後には10%、1か月後には4%まで戻っており、効果が長期間続いたわけではありません。
もちろんこれは図書館での研究なので、美術館でも同じ効果が起きるとは言えません。それでも、大切なぬいぐるみを介することで、子どもと文化施設との関係に変化が生まれうることを考える材料にはなります。
先に作品と友達になるのは、ぬいぐるみ
子ども本人に「美術館へ行きましょう」「この作品を理解しましょう」と働きかけるのではなく、「自分の大切なぬいぐるみが、美術館へ行ってきた」という小さな物語を一つ挟む。帰ってきた写真に、自分のぬいぐるみと一枚の絵が写っていれば、「この子、何を見ていたんだろう?」という興味が先に生まれます。
MOMATの2024年のレポートでは、小さなぬいぐるみの目線の高さに合わせると、人間が普段見るのとは違う部分が目に入るかもしれないと紹介されています。「ぬいぐるみは何を見ているのだろう」と想像すること自体が、作品の見方を少しずらすきっかけになるわけです。
展示解説とも、ワークショップとも少し違う。知識を教える前に、物語をつくる。ぬいぐるみお泊り会は、そんな美術館への入口なのかもしれません。
美術館へ行く前に、まず大切なぬいぐるみが一枚の絵と友達になる。美術館との距離を縮める方法として、こんな入り方があってもよさそうです。
