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いま「ジャポニスム」を考える―150年前のモネから「私の中のジャポニスム」へ|プラステ号外

2026年10月7日、代官山 蔦屋書店で「DAIKANYAMA drawing」が始まりました。

今年のテーマは「私の中のジャポニスム」です。手描きを軸に活動するアーティストたちがそれぞれ一冊の本を選び、その本から生まれた作品を10月27日まで展示・販売しています。

ジャポニスムは、19世紀のヨーロッパで日本美術が大流行した現象を指す、美術史の言葉です。モネが着物姿の妻を描いた《ラ・ジャポネーズ》を第2回印象派展に出品したのは1876年なので、今年はそこからちょうど150年にあたります。かつて「西洋から見た日本」を表していたこの言葉を、2026年の作家たちはどう受け止めているのでしょうか。

「私の中のジャポニスム」という展覧会が始まった

DAIKANYAMA drawingは、代官山 蔦屋書店が手描きのアーティストを紹介する企画で、今回が2回目の開催です。会場は2号館1階の建築・デザインフロアで、手描きを軸に活動する6人のアーティストに加え、「7人目のアーティスト」として同店の文具コンシェルジュ・佐久間和子さんも参加しています。

この展示の仕掛けは、作品の出発点が「一冊の本」にあることです。各作家は、ふだんはあまり意識していない自分の中の「日本」を手がかりに一冊を選び、その本から着想を得て作品をつくりました。会場では選ばれた本と作品があわせて紹介され、会期中には作家と一緒に作品をつくるワークショップや、その場で絵を描いてもらえるドローイングサービスも行われます。

たとえばデザイナー/アーティストのDLOPさんが選んだのは、小松和彦さんの『妖怪学新考 妖怪からみる日本人の心』(講談社学術文庫)です。DLOPさんはそこから《九尾の狐》を制作し、日本独自の「自然と共生する精神性」を表現しています。

「日本らしいモチーフを描いてください」と頼むのではなく、まず本を読み、自分なりに日本文化をかみくだいたうえで描くという順番になっているのが、この企画のおもしろいところです。書店が会場だからこそ、本とイラストと文具がひとつの場所で自然につながっています。

そもそもジャポニスムとは何だった?

ジャポニスムとは、19世紀後半のヨーロッパで日本の美術や工芸が大流行し、西洋の芸術に大きな影響を与えた現象のことです。開国をきっかけに、浮世絵や陶磁器、扇子、漆器といった日本の品々がヨーロッパへ渡るようになりました。1862年のロンドン万国博覧会では、初代駐日英国公使ラザフォード・オールコックが収集した日本の工芸品などが展示されました。

日本が万博に初めて正式参加したのは、1867年のパリ万国博覧会です。この流行を指す言葉としては、1872年ごろにフランスの批評家フィリップ・ビュルティが「ジャポニスム」を使い始めたとされています。

画家たちがとくに引きつけられたのが浮世絵でした。画面を大胆に断ち切る構図、陰影をつけずに塗り分けた平らな色面、くっきりとした輪郭線、そして市井の人々の暮らしを描く題材は、遠近法と陰影を重んじてきた西洋の絵画にとって新鮮なものでした。マネやドガ、モネ、ゴッホ、ロートレックといった画家たちが、それぞれのやり方で浮世絵から学んでいます。

ただし、ひと口にジャポニスムといっても幅があります。着物や扇子など、日本趣味を前面に出した表現は「ジャポネズリー(Japonaiserie)」と呼ばれることがあります。一方、ジャポニスムはより広く、日本美術への関心や、その影響を受けた表現全般を指す言葉として使われます。赤い着物をまとったカミーユが扇を手にし、背景の壁に団扇が並ぶモネの《ラ・ジャポネーズ》は、ジャポネズリー的な作品としてしばしば紹介されます。

関連記事|モネはなぜ妻に着物を着せた?|《ラ・ジャポネーズ》に至るまで →

150年前のジャポニスムは「外から見た日本」だった

モネもゴッホも、生涯で一度も日本を訪れていません。彼らが知っていた日本は、海を渡ってきた浮世絵や工芸品、そして人づてに伝わる話から組み立てられたものでした。

モネは200点を超える浮世絵を集め、ジヴェルニーの自宅に飾っていました。庭の池には日本風の太鼓橋を架け、のちに《睡蓮》の連作が生まれる場所をつくっています。ゴッホは弟テオとともにパリで浮世絵を買い集め、1887年には歌川広重の《名所江戸百景》から「亀戸梅屋舗」と「大はしあたけの夕立」を油彩で模写しました。翌年、南フランスのアルルに移ってからは、テオへの手紙の中で南仏の風景を日本になぞらえる言葉を何度も書き残しています。

つまり19世紀の画家たちにとっての「日本」は、実際の日本そのものというより、手もとに届いたイメージから彼らが発見し、解釈した日本でもありました。描かれていたのは主に江戸時代の浮世絵が伝える風景で、同じころの明治の日本は、反対に西洋の文化を急速に取り入れていたところです。それでも、その「ずれ」を含んだ受け止め方こそが、西洋の絵画に新しい表現をもたらしたともいえます。

では「私の中のジャポニスム」とは?

今回の企画の核心は、作家と日本のあいだに「一冊の本」をはさんだことにあります。「日本」をテーマにすると、桜や富士山、着物といったわかりやすいモチーフに目が向きがちです。けれども本を選び、時間をかけて読むことで、作家はいったん自分の頭で日本をとらえ直すことになります。

DLOPさんが選んだ『妖怪学新考』は、妖怪の姿を並べた図鑑ではなく、妖怪という存在を手がかりに日本人の心の奥にあるものを探っていく研究書です。そうした本を経由すると、狐というおなじみのモチーフも、単なる「日本っぽい動物」ではなく、自然や生き物に何かが宿ると考えてきた日本の感覚と結びついたものとして見えてきます。

もうひとつおもしろいのは、150年前のジャポニスムもまた、印刷物から始まっていたことです。浮世絵は版元が刷って売り出した木版画で、西洋の画家たちは紙に刷られた日本を手がかりに想像をふくらませました。2026年の作家たちも同じように紙の本から日本へ入っていきますが、違うのは、それを「自分の中の日本」として描き出そうとしている点です。会場では本と作品が並べて紹介されるので、見る側も「この本から、この絵が生まれたのか」と作家の読み方をたどることができます。

ジャポニスムは、もう西洋美術史だけの言葉ではない?

参加作家の顔ぶれを見ると、「西洋が日本を見る」という19世紀の図式には収まりきらないことがわかります。メルボルン出身で東京を拠点にするイラストレーターのエイドリアン・ホーガンさん、マカオを拠点に西洋の伝統的な書体を手がけるカリグラファーのベリンダ・チムさん、ジャカルタにスタジオを構えるカリグラフィーアーティストのヴェロニカ・ハリムさんがいます。

さらに、日本と西洋の書を独自に融合させる書家・カリグラファーの島野真希さん、大阪生まれのデザイナー/アーティストのDLOPさん、神戸で歯科医師をしながら手書きの文字やイラストを手がける雨宮三起子(ame)さん、そして佐久間和子さんと、拠点も経歴もさまざまです。

日本の外から来て日本で暮らす人、アジアの別の都市から日本を見る人、日本で生まれ育った人とでは、日本との距離感がそもそも違います。そうした人たちが同じテーマで描くことで、日本は「遠い東洋の国」としてだけでなく、隣の国や暮らしている場所、あるいは自分自身の一部としても描かれうるものになります。

19世紀のジャポニスムでは、見る側は西洋、見られる側は日本でした。今回の展示では、日本で暮らす人や日本で育った人も「見る側」に立ち、身近すぎてふだんは意識しない日本をあらためて見つめ直しています。主催する代官山 蔦屋書店のコメントでも、19世紀に万博を通じて海外で注目された日本美術の魅力が、いわば「逆輸入」のかたちで日本人に再発見された歴史に触れられています。そう考えると、ジャポニスムという言葉そのものが、150年をかけて向きを変えつつあるのかもしれません。

まとめ|「日本を見る」という行為は150年でどう変わった?

150年前、モネやゴッホは海を渡ってきた浮世絵や工芸品を手がかりに、遠くから日本を見つめていました。2026年のいまは、日本についての情報なら検索すればいくらでも手に入ります。だからこそ今回の作家たちは、あえて一冊の本を選んで時間をかけて読むという回り道を通り、自分の内側にある日本を探しにいきました。

19世紀の「遠くから見た日本」から、2026年の「自分の内側にある日本」へと、ジャポニスムという言葉が指すものは、見る人の立ち位置とともに少しずつ変わってきたといえそうです。会場で本と作品を見比べながら、自分ならどの一冊を選ぶかを考えてみるのも、この展示ならではの楽しみ方です。

開催情報

展覧会名DAIKANYAMA drawing(テーマ「私の中のジャポニスム」)
会期2026年10月7日(水)〜10月27日(火)
時間9:00〜22:00
会場代官山 蔦屋書店 2号館1階 建築・デザインフロア(東京都渋谷区猿楽町17-5)
参加作家エイドリアン・ホーガン、ベリンダ・チム、DLOP、島野真希、雨宮三起子(ame)、ヴェロニカ・ハリム、佐久間和子
関連イベントワークショップ(約30講座)とドローイングサービスを会期中ほぼ毎日実施
主催・共催代官山 蔦屋書店/須藤敦子、岡本さくら(Paper Tree)

最新情報やワークショップの申し込みは、代官山 蔦屋書店「DAIKANYAMA drawing」公式ページなどでご確認ください。