柔らかく溶けた時計。空に浮かぶ物体。見慣れた品々が、出会うはずのない場所に置かれた風景。
シュルレアリスムの作品を前にすると、夢の中へ迷い込んだような気持ちになることがあります。現実らしく描かれているのに、どこかがおかしい。そんな戸惑いを覚える人もいるでしょう。
けれども、シュルレアリスムは、ただ奇妙な絵を作るための運動ではありませんでした。芸術家たちは夢や無意識、偶然に目を向けながら、普段見ている世界とは異なる「もう一つの現実」を探ろうとしたのです。
シュルレアリスムとは?夢と無意識を探った芸術運動
シュルレアリスム(surréalisme/Surrealism)は、日本語で一般に「超現実主義」と訳されます。
ここでいう超現実とは、現実から離れた空想世界ではありません。夢と現実、意識と無意識を結びつけることで、普段は見落としている現実の奥行きを探ろうとする考え方です。
その背景には、第一次世界大戦がありました。科学や理性の進歩を信じていたヨーロッパ社会は、破壊と大量死を経験します。理性や社会秩序は、本当に人間を幸福へ導くのだろうか。若い芸術家たちは、これまでの価値観に疑いを抱きました。
既成の芸術や道徳を否定したダダも、同じ時代から生まれた運動です。シュルレアリスムはその反抗を受け継ぎながら、否定の先に新しい思考や生き方を見つけようとしました。
「シュルレアリスム」という言葉は、1917年に詩人ギヨーム・アポリネールが用いています。その後、1924年にアンドレ・ブルトン(André Breton)が『シュルレアリスム宣言』を発表し、運動の考え方が明確になりました。
彼らが注目したのが、夢や無意識です。フロイトの精神分析から影響を受け、夢や自由な連想には、理性によって抑えられた欲望や記憶、感情が現れると考えました。ただし、理論をそのまま作品にしたわけではありません。そこから着想を得て、心を解放する創作方法へ作り替えたのです。
シュルレアリスムが目指したのは、奇妙さではありません。理性や常識だけでは届かない、人間の心と現実の姿を探ることでした。
シュルレアリスムは何を、どのように表したのか
シュルレアリスムの表現には、大きく二つの方向が見られます。
一つは、現実にはありえない光景を、本当に存在するかのように描く方法です。
サルバドール・ダリ(Salvador Dalí)は、《記憶の固執》に見られる柔らかな時計のように、夢や妄想から生まれた連想を緻密に描きました。描き方が現実的であるほど、光景の異様さが際立ちます。
ルネ・マグリット(René Magritte)は、身近な物を思いがけない場所や大きさで描きました。彼が揺さぶったのは、物と名前、イメージの関係です。私たちが当然だと思っている現実の仕組みを問い直しました。
もう一つは、偶然や自動性から形を生み出す方法です。
代表的な考え方に、オートマティスムがあります。日本語では自動記述や自動素描などと訳されます。文章や線を頭の中で整えすぎず、浮かんだ言葉や動きを続けていく方法です。
異なる印刷物を組み合わせるコラージュや、木目などの凹凸を紙に写し取るフロッタージュも使われました。マックス・エルンスト(Max Ernst)は、偶然に生まれた模様から、森や生き物を思わせる像を発展させています。
ただし、無意識が勝手に作品を作ったわけではありません。偶然に現れた形を選び、加筆し、作品として整える過程もありました。偶然に任せることと、意識的に作ること。その往復に面白さがあります。
また、幻想的な絵がすべてシュルレアリスムになるわけではありません。大切なのは、夢や欲望、偶然の連想を通して、いつもの認識や社会の常識を問い直すことでした。
現在使われる「シュール」は、意味不明、突飛、不思議でおかしいといった意味を持つことがあります。しかし、歴史上のシュルレアリスムは、思想と実践を備えた芸術運動です。
作品を見るときは、正しい意味をすぐに当てようとしなくても大丈夫です。物の大きさや置かれた場所に注目し、現実の常識がどこで崩れているかを眺めてみましょう。
最初に感じた驚きや不安、思わず浮かんだ記憶も、鑑賞の手がかりです。作者の意図を調べるのは、そのあとでも遅くありません。
まとめ|不思議な絵の奥にある「もう一つの現実」
シュルレアリスムは、1920年代に組織的な運動として本格化しました。夢や無意識、偶然を通して、理性だけでは捉えられない現実を探ろうとしたのです。
そこには、ありえない光景を精密に描く方法がありました。一方では、偶然に生まれた言葉や形を制作へ取り入れる方法も試みられています。表現は絵画にとどまらず、文学、写真、映画、オブジェへ広がりました。
目的は、奇妙な作品を作ることではありません。人間の心や現実の見方を、固くなった常識から解き放つことにありました。
作品を見たときに生まれる違和感は、理解を妨げるものではありません。その小さな引っかかりこそ、いつもとは違う現実へ通じる入り口です。
意味を探す前に、まずは自分が何を感じたのかを確かめてみてください。そこから、あなただけの「もう一つの現実」が、静かに姿を現すかもしれません。
